ピアノの森2018|3話「モーツァルトの遺言」のあらすじとネタバレ感想!

#3 モーツァルトの遺言 あらすじ

一ノ瀬海は森のピアノの上で悩んでいたが、それを振り払うように起き上がると、レッスン室へ向かって駆け出した。明かりのついた窓。それは阿字野壮介がいることを意味する。

一ノ瀬海は、雨宮修平との約束を果たすため、全力で勝負するために阿字野壮介に手を貸して欲しいと頼んだ。

その言葉を待っていたかのように、阿字野壮介は承諾し、一ノ瀬海にモーツァルトのソナタ2番K280の楽譜を渡した。それから録音された阿字野壮介の演奏を聴かせる。

一ノ瀬海には、雨宮修平との演奏の違いを聴き分けることができていた。

阿字野壮介は自分の想いをモーツァルトの名前を借りて一ノ瀬海に告げた。自分らしいモーツァルトを弾くようにと。

雨宮修平の方は、本気で取り組む一ノ瀬海を見て負けられないという思いが強くなっていった。

一ノ瀬海は阿字野壮介の演奏を何度も聴き、それを真似ることによって演奏テクニックが格段に向上していることが面白くてたまらない。しかし当の阿字野壮介は自分の意図することから離れていく一ノ瀬海のために、CDを取り上げてしまった。

闘うべきは自分

コンクールの日がやってきた。会場に着くとそこかしこで雨宮修平の名がささやかれている。優勝は決定したも同然の扱いを受ける雨宮修平だが、一ノ瀬海だけは違うライバルと闘っていた。

丸山誉子が泣いているのを目撃した一ノ瀬海は、一度は通り過ぎようとしたが立ち止まり、丸山誉子に声をかけた。最初から優勝できないとあきらめている丸山誉子を叱咤激励しているうちに、一ノ瀬海はふと阿字野壮介の言葉を思い出していた。

丸山誉子にアドバイスしているうちに、それらの一つ一つが阿字野壮介から教わったことであることに一ノ瀬海は気づき始めていた。

雨宮修平の演奏に間に合った一ノ瀬海と丸山誉子は、完璧な雨宮修平の演奏にももう動じることはなかった。

 

感想

星空の下、レッスン室へ向かった一ノ瀬海は阿字野壮介がいるとは思っていなかったと思うのだけれど、森のピアノが阿字野壮介のものだと知って、俺のピアノだからと念を押している心理がかわいいというか健気というか。

阿字野壮介は自分が努めあげることのできなかったことを一ノ瀬海にやらせようと思っているのですね。

もし阿字野壮介と一ノ瀬海との出会いがなかったら、一ノ瀬海はどんな人生を歩むのでしょうか。暁を手伝って、酔っ払いの歌に伴奏をつけたりするのでしょうか。

でも、この出会いは宿命ですね、きっと。

阿字野壮介の演奏をCDで聴かせる場面では、一ノ瀬海の記憶にある雨宮修平のモーツァルトと阿字野壮介のモーツァルトが1小節目からまるで違うことに驚いています。

雨宮修平が歯切れよく弾いているところを阿字野壮介は少しメロウに弾いています。

一ノ瀬海同様、最初違う曲かと思ってしまいました。曲の解釈は、個々のものでいいと思うのです。

確かに作曲者が描きたかったことを忠実に再現するのは正しいのだろうと思うのだけど、万物は視点によって見え方が違うわけだから、違う解釈があって当たり前。

そのように感じたならそれはその人にとっての正解なのだと思うのです。

とあるグレードテストの会場でバッハを物凄く抒情的に弾いた方がいて、あの時受けた衝撃を思い出しました。

誰のために弾く?

「お前の敵はお前」まさにその通りだと思います。ピアノの世界だけに限らず、何かに向かって進んでいくうえで同じ環境や条件で競いあうことなど不可能です。

練習量が違ったり、良い指導者の有無、やりたいことをできる環境が整っているのかどうか、など完全に同じなら比べてもいいけれど、そういう意味で他人と比べることは意味がないと思うのです。

今日の自分を超えたら、それこそが進歩と言えるのではないでしょうか。自分のライバルは自分。それに尽きるのではないでしょうか。

そういう意味では勝負にこだわる雨宮修平にもう少しリラックスして欲しいと思うのです。

雨宮修平の「勝負だ」と一ノ瀬海の「勝負だ」は意味が違ってるのですが、雨宮修平に早くそのことに気づいて欲しいと思います。心理的要素で才能がつぶれてしまうことはもったいないですから。

雨宮修平はノーミスで弾き終えます。勝ったと言い切る自信が何によるのか。

#3のオープニングは、共演する喜び、充足感みたいなものが感じられます。

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