凛子
ひっきー
誰もが思い出し共感する!「スウィート17モンスター」ご紹介します!
作品情報
あらすじ
イケメンで人気者の兄とは対照的で、自分はイケてないと嘆く17歳ネイディーン。
人生の支えだった親友がある日突然兄と恋に落ちた?その大事件をきっかけに、ネイディーンは今までの自分からの脱皮をせまられる…。
映画批評No.1サイトロッテントマトでフレッシュ95%という数値を叩きだした『スウィート17モンスター(原題:The Edge of Seventeen)』。
いつもは辛辣な批評家たちがこぞって、“あの頃”のリアルな痛さを思い出して悶絶してしまう、
めったに出会えない宝物のような青春映画だと大絶賛した。
(出典:http://www.sweet17monster.com/)
キャスト・監督
ヘイリー・スタインフェルド(ネイディーン)
1996年12月11日アメリカ・カリフォルニア州生まれ。
14歳のとき、15000人を超える女優の中から選ばれ出演した『トゥルー・グリット』でアカデミー賞助演女優賞、俳優組合賞助演女優賞、英国アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、放送映画批評家協会賞の若手俳優賞やシカゴ映画批評家協会賞、トロント映画批評家協会賞、バンクーバー映画批評家協会賞で助演女優賞を受賞。
ヘイリー・ルー・リチャードソン(クリスタ)
1995年3月7日アメリカ・アリゾナ州生まれ。
16歳でハリウッドデビューし,干害による滅亡寸前の舞台にしたスリラー『ラスト・サバイバーズ』で初主演。ジェームズ・マカヴォイ共演の『スプリット』(M・ナイト・シャマラン監督)の公開を控える。(2017年5月公開)
ケリー・フレモン・クレイグ(監督・脚本)
1981年アメリカ・カリフォルニア州ウィッテアで生まれ、カリフォルニア大学アーバイン校でスケッチ・コメディ(短編)や詩を学ぶ。
製作会社Immortal Entertainmentの映画部門でインターンをした際に初めて映画の脚本を読み、執筆を始めた。
『恋する履歴書』 (未/09)で脚本家デビュー、本作『スウィート17モンスター』で監督デビューとなる。
(出典:http://www.sweet17monster.com/)
ネタバレ感想
爽やかな青春物ではなさそうだったので、観てみました。
誰もが通る青春時代の今思うと恥ずかしく、やってしまった感を共感出来る作品。
愛すべき青春こじらせ映画、とありますがその通りでなかなかこじらせてました。
なんの問題もなく青春時代を過ごした方ももちろんいると思いますが、大半はどこかで何かやらかしていたり発言していたりするものです。
大人になると今に限らず、きっといつの時代でも「今時の若い者は…」といった発言があったりします。
でも、そういっている自分だって同じように言われて過ごして来た時間があるはず。
大人になるにつれ、時代が変わり忘れていくのかもしれません。
この映画は当事者である17歳が観るのと大人である例えば30代40代が観るのとでは違う見方になると思うのですが、そこがまた面白いところ。
大人が観たら面白くない映画では決してなく、ある種の懐かしさを感じたり可愛いなぁと感じたり色んな感情が生まれてきます。
唯一の親友だったクリスタと大っ嫌いな兄が恋人になり、大事な親友との縁も切ってしまう。
こうなったら引き返せないのもあるあるですよね。
あぁあ・・・言っちゃったけどどうしよう?
なんて思っても、やっぱり意地を張ってしまい取り消したり謝ることも出来ない。
これもこの年代は特にそうだと思います。
認めたくても認められない、素直になれない感覚。
一人になったネイディーンは頼る人がおらず、とりあえず話が出来る担任の先生をよりどころにします。
するものの、やはり本当の自分を出すことは出来ずキツイ言葉を言ったり行動をとったり。
この辺りのやり取りこそ、観ている側の年代の違いで視点が変わります。
先生はネイディーンを、お気に入りの生徒だと言いますが、観ている大人たちも同感。
この意味には多くのことが入っています。
元々そうだったのではなく、はじめは何なんだこの生徒?!だったはず。
ネイディーンを見ている内に理解してきたからだと思います。
自分だってと気になっていた男の子に近づいてみたり、それもまたやらかしてみたり。
そのことも先生に報告に行くのがまた可愛いんです。
観ているのが大人であれば、今時の若者は…なんて一括りにせず、じっくり聞いて理解しようとする気持ちが大切であるということ。
どうやっても上手く自分を受け入れられず認められない、自分を見てくれようとする人にまで自分を出せない。
強がって弱さを見せることが出来ない、というのは誰もが経験していることですよね。
人との出会いで少しずつ自分を見つめ直し、素直になったとき全ては上手くいく。
ココが見どころ!
先生役は「ウディ・ハレルソン」。
近づき過ぎず離れ過ぎず絶妙の距離感を保ち、いつも冷静でいるこの先生がキーパーソンであると思います。
一人では本当の自分にはなれなかったかもしれません。
ただそこにいる人、なんだけどそれこそがネイディーンにとって重要な人物。
兄のことも、本当は嫌いだったのではなく交友関係も広く、社交的で人気のある人であったからこそのジェラシー。
自分はそうじゃないのに、という妬みからの発言。
しかし、自分はそうじゃないのではなく、そうなろうとしていなかっただけと気づく。
兄に「人生は不公平なんだ」とバッサリ言われますが、これは核心を突くセリフであり気づかされるところ。
人を妬み嫉妬するのではなく、自分は自分であればいい、そういう意図だと思います。
それに、実際その通りですよね?
今までの自分が悪かったと認め、兄に素直に話して受け入れられてネイディーンは変わります。
兄と順調に進んでいる親友だったクリスタとの仲も戻り、生徒の中で一人だけネイディーンに好意を持って話しかけていたアーウィンのことも向き合うようになります。
そんなにこじらせないだろ、とはじめは思いつつ観ていてもだんだんと様々な記憶がよみがえる。
そしてこのハッピーエンドは、観ている全ての人が自分らしさを持って幸せになればいいと実感し、また明日から生きて行こうと思える締めくくりです。
まとめ
描く人物や視点は面白く、それぞれの立場で観ることが出来るとより深くなります。
主人公ネイディーンはもちろん、親友、兄、母、担任、アーウィン。
誰もに共感出来る部分があったり、見かたが変わると感情も変わり自分の何かに気づくかもしれません。
凛子
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