映画 判決、ふたつの希望|あらすじとネタバレ感想!ラスト結末は・・・

2018年8月31日に公開された「判決、ふたつの希望」。

凛子

4館で上映スタートしたのですが、すでに50館での拡大上映が決定しています。
些細な喧嘩が、とんでもないことになってしまうんですよね!

ひっきー

今回は話題の映画「判決、ふたつの希望」をご紹介します。

作品情報

あらすじ

レバノンの首都ベイルート。

その一角で住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、キリスト教徒のレバノン人男性トニーが、アパートのバルコニーからの水漏れをめぐって諍いを起こす。

このときヤーセルがふと漏らした悪態はトニーの猛烈な怒りを買い、ヤーセルもまたトニーのタブーに触れる “ある一言”に尊厳を深く傷つけられ、ふたりの対立は法廷へ持ち込まれる。

やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、この裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから裁判は巨大な政治問題を引き起こす。

かくして、水漏れをめぐる“ささいな口論”から始まった小さな事件は、レバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった……。

(出典:http://longride.jp/insult/about.php)

キャスト・監督

アデル・カラム(トニー役)

1972年、レバノン、ベイルート出身。

これまで俳優・コメディアンとして数々の映画、テレビ作品に出演してきた。

出演作に『キャラメル』(07)、『私たちはどこに行くの?』などがある。


カメル・エル=バシャ(ヤーセル役)

1962年、東エルサレム出身。

俳優、監督、脚本家として活躍。

長編映画『Love, Theft and Other Entanglements(英題)』(15・未)などに出演。

本作品で、パレスチナ人として初めて第74回ベネチア国際映画祭最優秀男優賞を受賞。


ジアド・ドゥエイリ(監督)

1963年10月7日ベイルート生まれ。

レバノン内戦状況下で少年期を過ごし、20歳の時にレバノンを離れアメリカへ留学。

サンディエゴ州立大学で映画学位を取得。

卒業後、ロサンゼルスでクエンティン・タランティーノ監督のカメラアシスタントとして『レザボア・ドッグス』(91)や『パルプ・フィクション』(94)などの作品に参加。

『西ベイルート』(98)で⻑編デビュー以降、続く『Lila Says(英題)』(04・未)ではスペインのヒホン映画祭で男優賞・脚本賞など受賞。

イスラエル人俳優を起用し、イスラエルで撮影を行ったため、政府によりレバノン国内での上映が禁止された『The Attack(原題)』(12・未)では、サン・セバスチャン国際映画祭審査員特別賞ほか世界中で上映され、高い評価を受ける。

本作『判決、ふたつの希望』では第74回ベネチア国際映画祭で主演のひとりカメル・エル=バシャが最優秀男優賞を受賞し、レバノン史上初アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。

(出典:http://longride.jp/insult/about.php)

ネタバレ感想

レバノンという国の置かれた状況、宗教、政治的背景を知ることができる映画です。

レバノンの背景について事前知識があったほうが話がよく理解できるかもしれません。

レバノンには隣の国イスラエルからパレスチナ難民が逃げてきています。

レバノン政府はパレスチナ難民を認めていて、国の中にパレスチナ難民が住む居住区もあるのですが、彼らのことをよく思っていない人たちもいるのです。

彼らのことをよく思っていないのは、キリスト教の人たちでした。

そんなキリスト教の男性とパレスチナ難民の男性が些細なことで喧嘩を始めます。

キリスト教徒のトニーがベランダで撒いた水が、下にいたパレスチナ難民のヤーセルにかかってしまったのです。

そんな些細なことだったのに、内戦が起こるのではというところまで発展してしまうのです。

そこいんは彼らの置かれている立場や、歴史的背景が関わっていたのでした。

レバノンの内戦は17年間も続きました。

現在では内戦は終わっていますが、主人公の2人は子供の頃に内戦を経験しているのです。

内戦が終わっても彼らの心には、内戦の頃の記憶が今でも残っています。

内戦が終わった現在でも、内戦に苦しんでいる人たちはいるのです。

そして政治的、宗教的な立場から「ごめん」という謝罪がどうしてもできない人もいるのです。

平和な日本に暮らしていると、決してこんな状況にはなりません。

個人の喧嘩はあくまで個人同士の問題です。

でもレバノンでは違ったのでした。

トニーとヤーセルの喧嘩がキリスト教とパレスチナ難民の戦い発展してしまいます。

そしてどんどんそれが大きくなり、ついには暴動すら起きてしまうのでした。

ココが見どころ

次第に大きな問題になっていく戦いに当事者の2人もどこが驚いています。

本人たちはこんな争いは望んでいなかったのです。

いつしか2人の気持ちは関係なく、事態はどんどん2人の元を離れていきます。

政治的、宗教的立場からはお互いのことを良くは思えませんが、個人的に見ると2人は実はいい人なのです。

トニーは車の整備士です。

裁判中ですが、車が動かなくなったヤーセルの車をその場で修理してあげます。

ヤーセルはトニーが子供の頃に受けた内戦での心の傷を知ります。

そしてトニーの元に向かい、自分がトニーを殴ったように、敢えてトニーを怒らせ自分を殴るように仕向けたのです。

ヤーセルはもともと殴った自分が悪いと、自分の罪を認めていました。

それでも弁護士が戦ったほうがいいと言ったことから裁判は始まります。

問題が大きくなればなるほど、トニーとヤーセルはお互いのことに目を向けていきます。

全くお互いのことを知らない2人ですが、個人で見たら「いい人」ということに気がつくのです。

レバノンの状態をレバノン出身の監督が作ったからこそリアルに作られていて、そこには政治とか宗教とか関係なく個人として人付き合いをしようよ、という監督の思いが込められて映画になっていました。

まとめ

「判決、ふたつの希望」を見ると、もっと世界に目を向けなくてはと思います。

さらに人種とか国とか宗教とか大きなもので人を見るのではなく、もっと個人として人と付き合わなくてはと思います。

グローバルな世界になっている今だからこそ、よりそうあるべきです。

そんなふうに感じる映画です。

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